掛け算に順序はあるのか?

答案最近私自身の計算力が落ちていると感じる今日この頃、「掛け算の順序」がちょっと話題を集めています。

「長いすが6つあります。1つのいすに7人ずつ座ると皆で何人座れますか。」という至って普通の問題です。一見すると「しき6×7=42 答え42人」ときちんと回答しているように思えます。しかし先生の採点は答えのみ正解、式はバツ。ご丁寧に「7人ずつ×6つ分」と赤字を添えて訂正してくれています。当然この写真を撮った方は奇妙だと考え、何人もの方がその意見に賛成を示していました。しかし先生としても言い分はあるはず。何故この式が間違っているの判断されたのか?このギャップはどこから生まれるのか?少し長い文章となりますが調べてみました。

何故式に×がつけられたか

まず一般的な意見としては上の画像に次のようなツッコミが入ると思われます。

 掛け算には交換法則「A×B=B×A」が成り立つのだから「6×7=7×6」であり、
どちらも同じ「42」という値になる。よって「しき6×7=42 答え42人」と答えても誤りではないはずだ。

つまりどちらでも同じ答えになるのだから、「6×7」と「7×6」どちらでも正解のはずという意見です。たしかに交換法則を知っている大人にとっては当たり前と思える意見です。

しかしこのテストを採点した先生としてはそれは認めていないわけです。事実、「6×7=42」を誤りとし、「7人ずつ×6つ分」と訂正しています。

恐らくはこのような意見を持っているのだと思います。

 「=」で結ばれているからと言ってその式が表わしている意味が同じであるとは限らない。
「6×7」と「7×6」は値としては同じになるが、その式が表わす現象は異なっている。

つまりは「6×7」と「7×6」では答えは同じでも意味が違うということです。ただし先生本人の意見は上の写真からは窺い知ることはできないので憶測です。しかし全くのデタラメではなく一応私にも論拠となる引用があります。

 「タコが2匹います。それぞれ足は8本。全部で足は何本?」。「2×8」と書いた子どもたちを見つけた先生は、しめしめという顔で、足が2本のタコを8匹、パネルに貼っていった。「宇宙人みたい」「タコじゃない」。あちこちでつぶやきの声が上がった。
「2×8でも8×2でも答えは同じ。でも、意味は全然違うよ。文章をよく読んで考えてとくことが大切だね」と先生は話した。


2×8ならタコ2本足(朝日新聞 2011/1/17)
からの引用です。
写真の先生の付け加えた赤字から推察するにこの引用と同じことを考えたのではないでしょうか?上の文章が示すことは、タコの足の本数を求める際、「2×8」では二本足のタコが8匹、「8×2」では8本足のタコが2匹を意味しているということです。答えは同じになっても式が表わす状態が違うため「答えは〇でも式は×」といった判定が下されることになります。

では何故そのような意味になってしまうのでしょうか。答えは算数の教科書の中にありました。小学校二年生の算数の教科書には「1つぶんの数×いくつ分=ぜんぶの数」という式が出てきます。これが掛け算の定義となります。つまり掛け算とは教科書によると「ある数の塊(1つぶんの数)がいくつかあるか」を数えることにより「答え(ぜんぶの数)」を求める計算になります。

例えばタコの足の例では、「1つぶんの数」とはタコ1匹の持つ足の数に、「いくつ分」にあたるのがタコの個体数で、それらの掛け算がぜんぶの数(答え)になります。これを式で表すと「1匹あたり8本の足×2匹=16本の足」という式が出来上がります。

そこで最初の写真の問題に立ち返ると、

掛け算は「1つぶんの数×いくつ分=ぜんぶの数」で教えている。
「6×7」では「6人ずつ座れる長椅子が7つ」で、「7×6」では「7人ずつ座れる長椅子が6つ」を表す。
そのため「長いすが6つあります。1つのいすに7人ずつ座ると皆で何人座れますか。」という問題に対しては「7×6」が正しく、「6×7」は誤りである。

と先生は判断されたのではないでしょうか。

3つの反論

(1)「1つぶんの数×いくつ分」ではなく「いくつ分×1つぶんの数」と書いてはいけないのか?

一つ目の反論は、「1つぶんの数」を前に書き、「いくつ分」を後ろに書くこの順番に何か根拠はあるのかという点です。

つまり「1つぶんの数×いくつ分」という形式的に定められた順序に拘る必要はあるのかという反論です。最初に提示したように掛け算には交換法則が成り立ちます。にも拘らず上の計算で交換法則が成り立たないのは「7人座れる椅子×6個≠6人座れる椅子×7個」としたからであり、「7人座れる椅子×6個=6個×7人座れる椅子」と全体の順序を入れ替えればきちんと意味の通る式になります。

(2)「1つぶんの数×いくつ分」の順で書くとしても見かたを変えることによってどちらでも「1つぶんの数」として扱うことができるのではないか?

第2の反論は「1つぶんの数×いくつ分」の順序を認めたとしても見かたによってはその順序が意味をなさなくなるという少し技巧的な反論です。

上の問題では「1つぶんの数」を「長椅子に座れる人数」としていました。しかし問題文を「それぞれの長椅子に一人ずつ割り当てて座らせる。すると6人が座れる。それを7回繰り返すとき何人座れるか」このように捉えたらいかがでしょうか?

この場合だと「1つぶんの数」は「一回の割り当てで座れる人数」となります。そしてこれを式に直すと「一回当たり6人×7回」、つまり「6×7」という式になります。少し回りくどい考え方ですが、このように考えれば「1つぶんの数×いくつ分」の順序を満たしつつ「6×7」という式も正解とみなせると思います。

(3)掛け算の順序で意味理解を判断できるのか?

3つ目の反論は「掛け算の順序の正誤」と「問題の意味を理解しているか否か」は本当に関係があるのかという反論です。

上記の2つの反論のように考えた場合、問題文から「6×7」を導き出す人もいるかもしれません。特に反論(1)で示した様に考える人も少なくはないと思われます。それなのにいわゆる「正しい」順番で掛け算の式を作らなかった人は全員問題の意味を理解していないと断じるのは非常に危うく感じます。

もし本当に問題の意味を理解しているか判断したいならば「掛け算の順序の正誤」以外の方法を使うべきではないでしょうか。
たとえば「式だけでなくその式を作った理由も書かせるようにする」「問題文中に『3時に』や『12歳の』など導出には関係ない数字を混ぜる」などはどうでしょうか?

まとめ

以上が「写真の式が間違いと判断された理由」と「その判断への反論」でした。

この記事をここまで読んでいただけた方ならお分かりでしょうが、私は「7×6」「6×7」どちらでも正しいと考えています。
そもそも教科書で紹介している「1つぶんの数×いくつ分」の順番は記述を1通りに統一するための便宜であり、解りやすくするための工夫だと思います。しかしその順番を絶対のものと考え子どもたちに押し付けていくのは余計な混乱を生み、算数への理解や興味を奪うことになってしまいかねないと思いますがいかがでしょうか?

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